節目だと言う事で朝からテレビはずっと関連番組です。
関西だけ?なのかもしれませんが…
そして、あの時の事を思い出します。
20年前、父が定年で家に居ました。
早朝、始発位で通勤してたので仕事だったら心配してたかも?
夜勤とかもあったので…
早朝の大きな揺れ、父が直ぐに部屋に来てくれたのを覚えてます。
大阪だけど京都寄りと言う事もあり、大きな揺れはあったものの被害は最小。
あの時は成人式が15日、16日が振替休日で週明けの出勤日でした。
根性のある京阪電車は止まりながら動いてました。
二駅をゆっくり動く電車、会社の送迎バスは待ってましたね~
そして、その時の職場って車通勤者が多くって、意外と皆、普通に仕事してました。
現状を知ったのはお昼休みに見たテレビ報道!
胸がもやもやしたのを覚えてます。
そして帰宅後に解った神戸の事実…怖かったです。
神戸には従妹たちが多く住んでました。あの長田にも…
幸い早い段階で皆と連絡が取れて無事を確認できたのですが…
増える死者の数には言葉を失いました。
両親は姪っ子たちの様子を見に代代バスなどを乗り継いで神戸を訪れました。
凄い状況だったようです。
年配でずっと神戸に住んでた義叔父は戦争の時よりひどい状況だと言ってました。
通常なら1時間もかからない場所でとんでもない状況、
だけど住んでるこの場所は本当に日常、憤りを感じたりもしました。
駅の売店で見かけたらつい買ってしまった号外雑誌
未だに捨てきれず持ってて、今日は改めて読み返しました。
まだ正式な名称が付かづ、色んな言葉で表現されてたんですね。
大きな被害にあった方々、家族を亡くした方々などは
踏ん切りなんてつかないと思いますが、少しでも心が癒されますように…